山田瑞穗 Dr.Yamada Mizuho

雑詠五十句「余生」

棄医書繙漢籍夜長哉

棄医書繙漢籍夜長哉
(医書棄てて漢籍繙く夜長かな)
山田瑞穗

浜松医科大学同窓会『同窓会誌』第10号(平成11年11月)より
(文芸出版社、平成8〜11年 俳人日記掲載より)


雪晴や東に伊吹西に比良

寒月や音たて渡る石の橋

春睡や二行三行読むは読み

掘割りの四方八方菱の花

福笹の小判に頬を撫でらるる

よたよたと杖つき行けり恵方道

香煙にむせぶ涙や初大師

ぷいと出て古書肆廻りや日脚伸ぶ

失せ針の出でてめでたく祀らるる

菜の花や鐘が鳴らねば日も暮れず

鉛筆を耳に忘れし遅日かな

竹箆でほじる遺跡や揚雲雀

すててこがすててこに来て立ち話

頭数数えて西瓜切られけり

それぞれの一机一灯秋の夜

老妻の出歩き癖や冬籠

煤掃きや手箒一つ振りかざし

その中の一書抽きけり読始

霾るや韃靼といふ遠き国

ムツ五郎おめおめ匐ひて突かれけり

オルガンに鳴らぬ鍵あり啄木忌

蟻の道伝令が来て慌し

はらはらと経典を繰る僧涼し

優曇華や蔵の二階の葛籠

滴りの滴る音に憩ひけり

トラック野郎運転台の三尺寝

風鈴のてもなう鳴りて独りかな

菱取りにおうと声かけ橋渡る

心眼で針糸通す夜なべかな

乾鮭の口あんぐりと吊られけり

一つづつ枕木の霜踏みにけり

取置きの端布小布や一葉忌

山焼きや紅蓮の中の塔の影

若者の大き靴あと雪割草

ちろちろと風なきままに野火走る

院子
(ユアンズ)に豚と家鴨のうららかな

薫風や仁王の腕の力瘤

千枚田一枚づつの田植かな

アカシアの花の明るき夜道かな

コスモスや見え隠れして子の遠く

燈下親し眼鏡二つを使い分け

手術後のガス一発や爽やかに

韃靼といふ国遠し鳥渡る

医書棄てて漢籍繙く夜長かな

鵙鳴くや気ままに暮らす山の医者

沸々と薬湯たぎる霜夜かな

誘ひ合うてぽっくり寺や小六月

煤掃くや余人許さぬ一と間なる

苔よろふ石の仏や冬ざるる

水飯に酒少々を滴らしけり


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